人材派遣業界のこれまでとこれから
温故知新が大切である
三浦和夫主筆への一問一答


月刊人材ビジネス主筆 三浦 和夫


  改正労働者派遣法案が3月11日、閣議決定されました。4月から本格的審議が始まりますが、この機会に28年間法令と人材派遣業界の成長過程をウオッチしてきた三浦和夫主筆に“これまでとこれから”を聞きました。主筆は「業界特有の体質を変えていかないと改正後の流れについて行けないだろう」と私見を述べていま す。(聞き手=編集部)


業界特有の体質改善が必要と思う


Q 主筆は3月号のこの欄で改正法案に対してクールな見方をされました。仮に、法案が原案通りに可決されて来年4月に施行されることが決まった場合、どのようなことに留意すべきだとお考えですか?

三浦和夫主筆 (以下、三浦主筆)  コンプライアンスに関する業界特有の体質を変えていかないと、本当の意味での業界の発展と前向きの評価は考えにくいと思います。

Q もっと詳しくお話し下さい。

三浦主筆   振り返ってみます、少し長くなりますが。
  今回の改正は、政令業務の適正化プランの実施によって、法規制と実態がかけ離れていることが判明したことが原因です。2012年10月施行の現行法採決の際に衆参両院で付帯決議が出され、矛盾を解決するべきであるとの要請がありました。
  今改正案をみると、“派遣法の基本的な考え方を大転換しない限り、法令と派遣現場の矛盾はついて回る”との強い意志を感じさせます。私はそれを尊重したいのですが、業界は改正法案に対して戸惑いと不安を抱いているようです。
  日本は法治国家ですから、決まったことについて国民は守らなければなりません。しかし、過去28年間業界発展過程をウオッチしていると、不安を残したままの新制度発足はその後に新たな宿題を残すかもしれないと心配しています。
  ご承知のように、10年から2年にわたり政令26業務適正化プランが実施されて、派遣業界は混乱しました。法令の不備はありましたが、派遣業界の一部では本来なら自由化業務で契約すべきところを専門業務で派遣していた事実もありました。東京労働局によると、OA機器操作で契約しながらピッキングをさせていた事例もあったと聞いています。そうしたことは、派遣で働く人に対する契約詐欺で反社会的行為であり、是正しなければなりません。仮に、改正法案が今国会で可決されてもそういう“火種”が残っていれば、次の問題が発生する危険性があるのです。


28年にわたる付随的業務をめぐる紛糾


三浦主筆  ところで、ご質問の“これから”を語る前に今日に至る派遣業界の軌跡を辿ってみます。
  派遣法施行時の28年前に遡ります。この法律は1985年6月末に成立して、1年間の準備期間を置いた86年7月1日に施行されました。許可・届出制の採用により、新生人材派遣業界はもろ手を挙げて大喜びでした。非合法事業が晴れて公認されたからです。ところが、同年末から翌年にかけて業界内で最初の混乱が生じました。派遣先事業所の業務指揮の中で、法令と派遣労働の実態に隔たりが生じたのです。
  当時の行政指導はハローワークが担当していました。「お茶くみや電話受け、コピー取り、お使いは専門業務ではない」と改善指導に乗り出したのです。政令指定による業務規制の文言があまりに具体的で狭義であるために、いわゆる付随的業務の入る余地がなかったのです。派遣現場は紛糾し、月刊誌でも取り上げました。
  ご承知のように、日本の企業内業務は全体的に曖昧な部分が少なくありません。職務に垣根があってないようであり、ないようであったりするのです。付随的業務はそういう中でどうしても発生してしまうのです。それが広範囲にわたりました。
  私は施行直後の混乱を取材しながら、“3者関係の役務分担など制度の骨格は世界共通で良いとしても、政令指定の在り方に無理がある”と思いました。当時の業界の皆さんも同じ思いでした。それが28年間も改正されずにきたのです。


故高梨昌教授との対話


三浦主筆  1986年7月の法施行以来、私は“派遣法の生みの親”とも呼ばれた高梨昌・信州大教授(故人、当時の中央職業安定審議会派遣問題等小委座長)を何度もインタビューしました。そういう中で、教授から派遣法制定前後の状況や苦労話をオフレコで聞き出しました。ある時、高梨教授は私に次のように話しました。
  「派遣業務指定をめぐってずいぶん混乱があった。欧米の実態も研究した。派遣の先駆的企業の皆さんも協力してくれた。
  しかし、民営職業紹介のマネキン、配ぜん、看家あたりから強い反発を受けた。与党の大物議員も介在するほどであり、派遣業務の選定に神経を使った。派遣と民営紹介との棲み分け上、販売・営業や介護などを除外したのはそのためである」、
  「総評(現在の連合)は派遣システムが派遣先の常用代替に利用されかねないとの理由で猛反対だった。だが、すべてを満足させることはできない。細かいことは後で修正すればよい。
  ともかく派遣法の制定が最優先だと思った。さもないと前に進まない。派遣によって専門職市場を確立することが必要なのである」と。
  業務指定は当初から政治性の色合いが濃いことがわかり、高梨昌教授は民営紹介業界や政界の与野党、労働界の三方をにらみながら修正を余儀なくされたことがわかりました。

Q ということは、派遣法制定時から問題点を含んでいたということですね。

三浦主筆  そうだと思います。当時の労働省の官僚もその後次々に異動しました。後任者は派遣法の概念規定を維持しながら部分的な改正手続きを繰り返しました。そういう過程で、先述の付随的業務を発生させている政令指定の文言修正の見直しはされず、16業務から26業務へと追加指定されて28年間続いてきたのです。
  ですから、高梨教授が当時強調していた「派遣法による専門職市場の確立」とは、派遣法制定に反対する勢力への反論、説得であり、ある種の政治性を含んだ表現だというのが私の推測です。
  法施行後を振り返ると、派遣業務には比較的専門性はあっても高度専門性はほとんどないと言って良いでしょう。派遣法が制定されて以来10年間にわたる高梨教授のインタビューを通じて、教授の発言が微妙に変化してきていることもわかりました。
  また、1989年以来12年間、オピニオン社は毎年2回、欧米人材ビジネス視察ツアーを主催してきました。私自身も同行して欧米の派遣事業の実態を見聞したのですが、そこには比較的専門性の派遣業務はあったものの、高梨教授の言う高度専門性は見受けられませんでした。欧州ではあまりレベルの高くない仕事が派遣で使われて、取扱高に占める割合が50%以上に及んでいました。高度専門職はスカウト市場でした。


適正化プランの実施と紛糾が新制度発足の原因


Q 民主党政権下の「専門26 業務派遣適正化プラン」を振り返りますが、主筆の所感をお聞きします

三浦主筆  感情論を別として、改正はもとより現行法の適用を厳格化するという長妻昭元厚生労働相の指示は間違っていないと思います。問題があるとすれば、派遣=悪とまでは言いませんが、内閣の意向を踏まえ反対の立場でプランをいきなり実施し、混乱を招いたことだと思います。
  私はいつも口とペンで次のように述べてきました。「警察庁だって按配というものを大切にしている。高速80キロ制限を定めながらも実態は120キロまで大目に見ている。実に按配の幅は追加40キロメートルだ」と。
  派遣の付随的業務は10%以内という運用幅に無理があります。政令指定業務の文言が具体的過ぎるからそうならざるを得ませんが、私見では50%前後の按配が必要だと思います。そして、何より派遣で働く人が異論なく受け入れられる範囲が按配です。按配とは調整的性質を持ち、日本人的慣行であり無視できません。長妻昭元厚生労働相はそれを誤解したようです。
  前号のこの欄で述べたように、政令業務指定の文言をもっと概略化して付随的業務が加わる余地を残し、覚書で仕事の具体的な中身を記載しさえすれば大きな混乱はないと思います。そのようにすれば、政令改正の範囲で済んだでしょう。抜本的改正はもう少し時間をかけて良かったかもしれないな、と思います。


社保未適用問題で大混乱した90年代後期を振り返る


Q その辺をもう少し詳しく説明してください。

三浦主筆  派遣業界の皆さんのお叱りを覚悟で述べますが、この業界の特徴は“お人好し”が目立ちます。“赤信号、皆で渡れば怖くない”といった感じです。
  過去を振り返ります。月刊誌を創刊させてまもなく、私は「派遣労働と社会保険の適用」をテーマに当時の厚生省企画官に原稿を執筆してもらいました。企画官は法令通りのことを書いたのですが、掲載後、業界の一部の方々にお叱りを受けたことがありました。
  「そういうデリケートなことを書くのであれば月刊誌を買わない」とまで言われました。“なんという業界なのだろう?”と驚いた思い出があります。私は、法治国家である以上、国のルールに従うべきだと反論しました。法令を順守して矛盾があればそれを正すように役所に要請すればよいのです。そういう主張に対しての新生業界の理解は困難だったのです。
  当時、「短期断続の派遣労働には現行制度はミスマッチしている」と述べながら社保の未適をそのままにしている事業所が目立ちました。言い分に合理性はあるものの脱法しながらの主張は通りません。それだけ、派遣労働者への社保適用問題はこの事業の“アキレス腱”だったのです。ただし、いわゆる資本系派遣元企業は概ねルールを順守していたことを付け加えます。
   その後、派遣で働く人たちの社保未適用をめぐる大問題が90年代後半に発生しました。会計検査院が登録型派遣元事業所の社保の適用状況を調べるため、社会保険事務所に対する全国一斉検査を行ったのです。いわゆる「官官検査」です。東京の社保事務所では「8月末日現在の適用状況を検査する」とのことで、事務所には資料入りの段ボール箱を抱える派遣元幹部が並びました。
  派遣元同様社会保険庁もうろたえました。会計検査院は内閣官房への報告を義務付けられており、社保庁の怠慢が問題視されるからです。その結果、遡及措置を受けて億単位を支払う派遣元企業も出たほどでした。月刊誌の私の論調は基本的に法令順守の立場だったので、業界の皆さんの中には厳しい目を向ける人たちが少なくなかったのです。


コンプライアンスに対する意識を高めてほしい


Q それでどうなりましたか?

三浦主筆  私は高梨教授に相談しました。教授も憂慮しました。そこに親しい連合幹部や鮑啓東氏(当時のオリファ社長で日本人材派遣協会副会長、派遣健保の初代理事長)が加わり、意見交換をしました。その結果、連合幹部が私的立場で派遣協会幹部、ユニオンなどを加えた非公式の話し合いを開きました。それが後の派遣健保結成の下地になったと記憶しています。私も協議に参加するように要請されましたが、メディアの立場であり辞退しました。
  さて、会計検査院による官官検査と派遣業界の混乱が派遣健保誕生で終止符を打ったものの、その10年後に先の政令業務の適正化プランの実施が業界に衝撃を与えました。結果は言うに及ばず、です。私は皆さんとは立場が異なりますが、長い間、業界人の一端を担っており、大変憂慮し同情しました。
  しかし、あえて言えば、法令順守の考え方が揺らいだ結果ではないかと思います。労働局の是正指導でやむなく派遣労働から外れることを余儀なくされた派遣労働者の方々は少なくありませんでした。派遣元や派遣先がきちんとルールを守っていれば、そうした非常事態は避けられたはずです。
  社保未適用問題も同じでした。「同業他社も未適だからうちも…」、「26業務で契約すれば期間制限は免れる。他社もそうしているし…」。そういう意識はどこかにあったように思われるのです。事実、複数の派遣元企業幹部は「甘い判断でした」と法令違反を認めています
  今回の改正法案が国会で可決され、来年4月から新制度が発足された場合も同じことが言えるでしょう。“喉元すぎれば熱さを忘れる”という言葉があるように、新制度においても同じことを繰り返せば、派遣業界自身が世間から指弾を受けるでしょう。
  繰り返しになりますが、コンプライアンスに対する業界自身の自覚が必要なのです。

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