「新」人材派遣物語   Vol.3

  海外との関わりは韓米から始まった。

   月刊人材ビジネス主筆    三浦 和夫


   「韓国の旺盛なエネルギーで日本は追い抜かれるかもしれません」と話すと、会場の韓国人材関係者たちから割れるような拍手。ゲストパネラーとしてソウルに招かれた私は熱気に驚きました。93年10 月、ソウルで開かれたシンポジウム。月刊誌創刊間もなく韓国で定期購読が増え始め、派遣法施行に対する同国人材ビジネス業界の反応は早かったのです。




日韓友好で視察団にボランティア活動


  韓国の人材ビジネス業界が、月刊人材派遣(現在の『月刊人材ビジネス』)を購読し始めたのは1988年の春頃からです。駐日韓国領事部からオピニオンの事務所に電話があり、購読方法などの質問を受けたのが始まりです。 「ソウルの関係業界の方々から要請を受けました」と領事部の担当者が打ち明けました。

  まもなくファックスで申し込みが相次ぎ、2年間で50社くらいに増えて月刊誌を空輸したものです。それがきっかけで、89年にソウルからの視察団を受け入れ、私が労働者派遣法の中身と業界の発展過程を説明して質疑にも応じました。オピニオンの小さなオフィスに20人の視察団が訪れましたが、入りきれなかったのです。急きょ、近くの喫茶店のスペースを確保し、そこで講演して質疑に応じました。私の国際ボランティア活動でした。

  韓国人は大変情熱的でした。別れ際に各人が感謝の気持ちを固い握手で表現しました。中には目頭を熱くして「ぜひ、韓国に来てください」と述べてくれたのです。韓国でも日本の労働者派遣法の制定が近いため、一歩リードしている日本の現状を知りたかったようでした。




ソウルのシンポに招かれて日本の現状を説明


  それから4年後の93年夏。彼らから手紙が届きました。「10月にソウル市内のホテルで韓国人材派遣に関するシンポジウムが開かれるのでご招待したい」と書かれていました。シンポではパネルディスカッションも行うので私にゲストパネラーとして出演してほしいとの要請でした。私は快諾して、10月下旬に初めてソウルを訪問したのです。

  先述の「韓国の旺盛なエネルギーは日本を追い越すかもしれない」との発言は即興でした。会場の熱気がそうさせたようです。私は、冒頭のあいさつを用意してきた韓国語で述べました。すると、会場は割れるような拍手。そのあと、「韓国語はそのくらいしか話せないので、パネラーとしての発言を英語にさせていただきたい」と述べるとまた拍手がわきました。日韓の微妙な空気はまだ残っていました。日本語で話すよりも英語のほうが良いのではないかと勝手に決めたのです。もちろん、下調べしての英語ですから可能でした。

  パネラーは、大学教授、新聞社の論説委員、シンクタンクの研究者、業界代表者など、それに私を加えた11人。ディスカッションの模様は、翌日の朝刊紙に大きく報道されたのです。ソウルでは焼肉とビールの夕食会にも招待され、翌日は市内観光と大田(テジョン)のエキスポにまで案内されるほどの歓待でした。




同時期に視察団を結成して渡米


  他方、韓国と相前後してオピニオン社は業界の要望に応じて「米国人材ビジネス視察旅行」を主催しました。第1回視察に23人も参加するほどの盛況ぶりで、“先進アメリカの人材ビジネスのフロントを見聞しよう”と出発。私が引率しました。西海岸から東海岸の主要都市の人材派遣会社をいくつか訪問したのです。見るもの触れるもののすべてが新鮮でした。オフィスのエントランスのデザイン、オフィス風景、パンフレットのすべてが視察の対象です。

  アメリカはいわゆる“We are the best”の意識が強く、何もわからない私たちを歓迎して何でも教えてくれました。リクルーティングとセールスの手法、管理の仕方に至るまで。日本の人材派遣についても知りたがり、私や視察団参加者たちが回答するなど交歓したものです。90年代半ば以降の視察からは世界企業のマンパワー、アデコ、それにアメリカに進出していたパソナも視察団を受け入れてくれました。

  他方、90年代半ばからアメリカに加えて欧州視察も主催。訪問先はロンドン、パリ、ベルリン、フランクフルト、ブリュッセル、ミラノなど。視察旅行は10年間も続き、参加した派遣元企業の幹部は300人を超えたのです。

  労働者派遣法が施行されて以来の10数年間の人材派遣業界は進取の精神に富んでいました。いわゆる“何でも見てやろう、この目この足で”といった開拓精神に満ちていました。


  2011年以来の私は中国に飛び、14年からはASEANを対象に活動範囲を広げています。人口減少が続く日本の労働力の確保はこの地域であり、彼らとの友好な協力関係を作り上げることが急務なのです。

(次号につづく)。

(この記事は、月刊人材ビジネス2016年4月号に掲載されたものです)


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